マスクが売っている。
コンビニや駅の売店でマスクが売られているのを、ほぼ毎日見かけるようになった。家の近くではまだまだ見かけないのだけど、職場周辺だと意外とマスクを買うことができる。
本当は箱に50枚ぐらい入っているのが欲しいのだけど、それは急に輸入され始めた50枚2500〜3000円ぐらいのものしか見かけない。なので今は7枚300円ぐらいのコンビニで売っているマスクを買うことになる。その中でもセブンイレブンのオリジナルマスク「やわらかマスク ふつうサイズ 7枚入 270円」を買うことが多い。台湾製であり、作りも安定しており、少し小さめではあるけれど、付け心地も快適である。
マスクは今後しばらくは付けざるを得ない状況が続いていくのだろうか。自分がたとえ元気であってもマスクを付ける習慣が今後2,3年、いや5,6年、いやもっとずっとずっと長い間続いていくのかもしれない。
ソーシャル・ディスタンスが確保できればマスクはあまり必要ないとは思うのだけど、それを声高に叫んだとしても、なかなか受け入れられないのが現状である。普段の生活、特に通勤等で人と人との距離を確保し続けることはとても難しいため、やはりマスクを付けるという生活習慣が続いて行くのだろう。そもそも濃厚接触者の定義の中に「マスクをしていなかった」という項目があり、もうどんな時でもマスクは付けていくしかない感じである。
2メートルのソーシャルディスタンスはあくまでも、マスクをする人がほとんどいない欧米での話であり、これを日本で新型コロナウイルス対策の一丁目一番地にすることは、私は大反対です。イギリスの知人にも確認しましたが、マスクをしない前提での話であります。元々イギリスではマスクは入手困難。
— Takayuki Miyazawa(宮沢 孝幸) (@takavet1) 2020年5月24日
そしてマスクをしているのであればソーシャル・ディスタンスはあまり必要ない、と京都大学の宮沢孝幸先生はツイートしている。これがそうなのであれば、各人の手洗い、手指消毒、咳エチケット、体温測定、健康チェックを前提とすれば、人が集まるイベントにおいて元の環境に戻れることを期待してしまう。あとは換気等、興行サイドの対策がしっかりしていれば、観客はマスクを付けることで特にディスタンスを気にする必要もない、ということになる。本当なのだろうか。そして宮沢先生は、ソーシャル・ディスタンスとはあくまでも、マスクをする人がほとんどいない欧米での話であるとも言っている。そうなのか。日本ではそもそもマスクをすること自体に抵抗が少ないこともあり、ソーシャル・ディスタンスはマスク文化のない欧米での対策とのことだ。
これは逆だと考えます。ソーシャルディスタンスが不可能な状況下でのみ、マスクが推奨されます(少なくとも米国CDCはそうですね)。マスクの着用がソーシャルディスタンスを不要の根拠とできるデータはまだ存じません。 https://t.co/a1assQP0Fz
— 岩田健太郎 Kentaro Iwata (@georgebest1969) 2020年5月25日
一方、神戸大学の岩田健太郎先生はソーシャル・ディスタンスが難しい状況下でのみマスクが推奨されるのであって、マスクの着用でソーシャル・ディスタンスが不要となる根拠のデータはまだ無いのでは、とツイートしている。
となると、結局よくわからなくなっていく。距離をとることは難しいのでマスクを付けることを優先する、一方、距離をとれる時は距離をとり、距離がとれない時はマスクをする。で、結局どっちなの?となる。ただこうなってくると、もうマスクをずっと付けていて、距離も取っていきましょう、となっていきそうではある。それって結局「新しい生活様式」で述べられている「感染防止の3つの基本:①身体的距離の確保、②マスクの着用、③手洗い」が基本的感染対策で重要なのだ、となっていきそうだ。
結局マスクを付けていないといろいろとマスク警察から睨まれるし、濃厚接触者にもなり得るし、なかなか日常の生活ではソーシャル・ディスタンスは取れないし、こちらが注意してても人は近寄ってくるし、不特定多数と接する場所においてはもうマスク優先、でも距離もね、という感じで、マスクと距離、結局両建て、と認識していくしかなさそうだ。
そしてついにユニクロの登場である。夏でも蒸れにくい「通気性がいいマスク」というマスク本来の機能性から斜め上方向へと進んでいく。夏だし、暑いし、(ウイルス飛沫の侵入を防げるかはよく分からないけど)やっぱり通気性だよね、となると、やっぱりディスタンス優先かな、となっていく。そろそろ暑い夏がやってくる。