Small Things

感じたこと、考えたこと

2019年に読んだ小説ベスト10

今年は小説を読むと決めた年だった。

島田荘司の占星術殺人事件を読んで以来、本格ミステリを読み続けて新本格ミステリへと移っていった80年代後半から90年代。本当にミステリばかり読んでいた。その後、会社でそれなりの立場になっていくと、小説を読むのはやめてしまい、ビジネス書、経済書、ノンフィクションばかりを読むようになった。それらの本が仕事に役に立ったか、というと実はよく分からない。読んですぐに役に立つ本というのは実際あまりないのだ。

ただある年齢まで達したこと、そして今後歳を重ねるにつれて、本を読む事さえもできなくなっていく可能性もあると思い、ビジネス書や経済書にこだわることなく、自分が今読みたい本を読む、自分が面白そうだなと思う本を読む、読む本は自分で決める、という当たり前の本の読み方をしようと思った。その経緯は以前にも書いた。

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そして平野啓一郎氏の「本の読み方 スロー・リーディングの実践」という著作と出会ったことが大きなきっかけとなった。 「量」より「質」を大切にして小説を遅読でじっくりと読んでいく。その中でも2018年12月以降に発売された文芸・エンタメ小説から10作品を選んだ。

マーダーズ 長浦京
マーダーズ

マーダーズ

  • 作者:長浦 京
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/01/24
  • メディア: 単行本
 

登場人物ほぼ全員が凶悪犯罪者である。この10年間で捕まっていない殺人犯は約200人。その法では裁き得ない者たちへの断罪が始まっていく。主要登場人物が皆人殺しであり、その殺人犯が探偵役となるという異質さ。ただその阿久津清春が実に魅力的に描かれる。もちろん誰にも感情移入することなど出来ずに、約400ページを読み進めるしかない状況が続いていく。これが実に濃厚なのだ。殺人を犯しながら穏やかに生きている人間が許せない、犯人が法で裁かれないままなら自分が断罪してやる、と考える人間の異様すぎる自分だけの正義に気持ちが掻き回される。

魔眼の匣の殺人 今村昌弘
魔眼の匣の殺人

魔眼の匣の殺人

  • 作者:今村 昌弘
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: 単行本
 

人里離れた魔眼の匣(まがんのはこ)の主は予言者と恐れられる老女。「あと二日のうちに、この地で四人死ぬ」と彼女が告げたことに端を発し、外界と繋がる橋が燃え落ち、まず一人が死に至る。逃げることも助けを呼ぶこともできない奇妙なクローズドサークルの中で徐々に恐怖が襲う。前作同様キャラの立ち具合が素晴らしい。よって誰一人として死んでほしくないという不思議な感情が支配するなかで読み進めることになる。ただどうしても予言や予知が題材のため、リアリティさの斜め上をいく展開となり、ラノベ力が増してくるものの、それは逆にこの著者本来の魅力であるのだ。

罪の轍 奥田英朗
罪の轍

罪の轍

  • 作者:奥田 英朗
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/08/20
  • メディア: 単行本
 

日本を揺るがした誘拐事件の全貌を徹底的に深く、丁寧に、丹念に、そして緻密に、今と同じ東京オリンピックを翌年に控えた東京で起きた未曽有の大事件を鮮烈に描いていく。登場人物たち全員の人物造形が実に丁寧に描写されていくと共に、キャラの立ち具合が本当に素晴らしい。これが奥田英朗なのである。これが小説なのだと実感する。犯罪小説だからと言って、追う者、追われる者だけでは語り尽くせない事件の重厚さに圧倒される。奥田英朗はこの小説に3年を費やした。我々はこの緊迫した30日の物語を目の前に固唾をのんで見守っていくのだ。

 Blue 葉真中顕
Blue

Blue

  • 作者:葉真中 顕
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/04/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

平成30年間における様々な出来事や時事を盛り込みながら児童虐待、格差社会、無戸籍児、モンスターペアレントと平成の社会問題を背景として、迷宮入りした教員一家5人の刺殺事件と、平成が終わる直前に起きた殺人事件を刑事たちが追い求めていくクライムノベル。何より葉真中顕氏の回りくどくも疾走感のあるストーリー展開がとても素晴らしく、終始リアリティのある物語に引き込まれていく。そして全体を俯瞰する「家族」の本質、「親子」の本質、「愛」の本質に迫っていく濃密さにただただ圧倒される。葉真中氏は本当に凄い作家だと再認識した。

ノースライト 横山秀夫
ノースライト

ノースライト

  • 作者:横山 秀夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/02/22
  • メディア: 単行本
 

松本清張の「点と線」が連載されていた雑誌「旅」に2004年5月から連載された「ノースライト」。当時の編集長に点と線を超えるような作品を、と言われてうっかり引き受けてしまったと横山秀夫氏は言う。その「旅」という雑誌に連載されていたからこその魅力溢れる作品である。ある地域の”中”の話ではなく、旅、家族、人生をベースに、自分自身を再認識するために光を求めていくミステリー。前半は主人公に全く感情移入出来ず、謎が一つ一つ解決していく過程の中で家族という主要テーマが明確になり、登場人物全員に感情移入が出来るようになる。

昨日がなければ明日もない 宮部みゆき 
昨日がなければ明日もない

昨日がなければ明日もない

  • 作者:宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/11/29
  • メディア: 単行本
 

宮部みゆき「希望荘」に続く杉村三郎シリーズ第5弾の中篇3本。出版元のコピーは「杉村vs. “ちょっと困った”女たち」。まず「絶対零度」の特筆すべき後味の悪さがハードコア全開である。このシリーズのテーマでもある「毒」にまみれた人物達が今回も次から次へと登場するが、杉村が実に探偵らしく解決していくのが唯一の救いである。一方表題作の「昨日がなければ明日もない」では、これまた「毒」まみれのモンスターペアレントが登場するが、杉村はあの原田いずみに比べれば全然大丈夫と軽く考えていたからこそのハードコア全開が読ませる。

蟻の棲み家 望月諒子
蟻の棲み家

蟻の棲み家

  • 作者:望月 諒子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/12/21
  • メディア: 単行本
 

重い世界である。知らずに、見ないでいたかった世界である。今迄避けてきたその世界を著者の望月諒子はこれでもかと目の前に突き付けてくる。そして僕はむさぼるように読んだ。我々が暮らす社会は平等が建前である。ただそこには貧困があり、格差社会があり、圧倒的なリアリティが存在する。その社会の暗部を徹底的にえぐりまくるノワール犯罪小説であり、イヤミスという言葉が実に薄っぺらい言い方だと感じてしまうほどの重厚さである。殺人事件と恐喝事件が徐々に結びつき、ミステリとしての着地である衝撃的な結末。傑作としか言いようがない。

欺す衆生 月村了衛
欺す衆生

欺す衆生

  • 作者:月村 了衛
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/08/27
  • メディア: 単行本
 

終始震えながら読んだ。ずっと気持ちに乱れが生じ、胸のざわつきを感じながら読み進めた。人を欺くという、誰かに虚偽を信じさせる人間の業と欲の深さを、徹底して濃厚な密度で描いていく。欺す者たち、欺される者たち、それぞれに計略があり、トラップがあり、その先には歴然とした人それぞれの運命が存在する。人間の欲望はどこまでも深く、その果ては絶頂なのか、奈落の底なのか。とにかく予想の出来ない、規格外の斜め上に突き進む展開に身震いしながら読了。そして「なぜ人は欺すのか・・・」その答えに我々は辿り着いてしまう。そこが怖い。 

 駒音高く 佐川光晴
駒音高く

駒音高く

  • 作者:佐川 光晴
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2019/01/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 将棋小説には手が伸びる。将棋に関わる人々の話を7篇収録した作品集。第1話「大阪のわたし」がまず良かった。将棋会館の清掃員で67歳の奥山チカ。大阪旅行の際訪れた関西将棋会館で父から教わった棒銀戦法で自らも対局することになる…第1話から不覚にも涙が出てしまうとは思わなかった。そして第2話でも涙する自分…一体どうしたんだろうか。そして第3話はさらに辛く、中学一年でプロ入りを断念せざるを得ない姿を描いていく。それ程まで将棋の世界は厳しいのだ。ただこの小説の本質は家族小説である。家族の優しさや温かさが伝わってくる素晴らしい小説だ。 

夏の騎士 百田尚樹
夏の騎士

夏の騎士

  • 作者:百田 尚樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/07/18
  • メディア: 単行本
 

店頭直筆POPに書かれていた「私の作品史上、最高のヒロインが登場します!」という作者からのメッセージ通り、最高のヒロイン、そしてなにより勇気ある騎士団たちの、ひと夏の成長が爽やかに描かれる。大人目線として少年たちの夏の成長を見守りながら、頷き、微笑み、そして涙して、いつのまにか共に夏を過ごしてきた気持ちになっていく。12歳の頃の自らの少年時代は今明確には思い出せないのだけど、僕らはどこかのタイミングで勇気を手に入れ今に至っているのかもしれない。「感動」したというコトバを思い切り使いたい。

 

印象に残っている次点2作品

平場の月 朝倉かすみ
平場の月

平場の月

  • 作者:朝倉かすみ
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/12/13
  • メディア: 単行本
 

 50歳男女の恋愛小説である。そして悲恋である。とても悲しいのだが、その悲しいレベルがなんでもない普通の日常が無くなること、幸せだったあの記憶がもう戻らないということ、そこを認識していくことがとても悲しいのだ。冒頭数十ページはなかなか難しい表現をする作者だなと思ったが、その文体に慣れてくると、会話のリズムが、情景の描写が実に巧く、いわゆるアラフィフ世代にはダイレクトに刺さってくる。私もそうだから間違いない。ただ50代の登場人物たちが時に30代40代に感じられる箇所も多く、それは主人公の若々しさなのだろうか。

 熱帯 森見登美彦
熱帯

熱帯

  • 作者:森見 登美彦
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/11/16
  • メディア: 単行本
 

実は作者森見登美彦氏の作品を読んだのはこれが初めてである。何故森見登美彦氏の小説の中からこの作品を僕は選んでしまったのだろうか。ただ読み終えた直後、誰かに猛烈に語りたいのだが、まだうまく説明が出来ないでいる。ただこの底の知れない不可思議な物語に引き込まれていったことは確実である。第一章・第二章と非常に読み易いが故に作者のペースに操られていき、第四章以降の摩訶不思議で奇中の奇とも言える展開にページをめくる速度が速くなる。ただ読み終えた後その面白さを読んでいない人に対してうまく説明できない。それが熱帯の魅力と言えばそうなのだが。

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結局「小説」と言ってもベストとなるとエンタメ中心になってしまったが、来年も「量」の読書から「質」の読書へ、そして古今の小説を周囲に流されずに自分らしい読書をしていきたい。