一丁380円の豆腐で湯豆腐をつくった。
一丁が380円である。3つや4つで380円ではなく、あくまでたったの1つ、一丁の豆腐が380円なのである。もちろん税抜である。この高額な豆腐を食べている人がいると思うと信じられないが、その380円の豆腐を買ってきてしまった。いや、でも定価ではなく40%引きで買うことが出来たからであり、これで湯豆腐を作ろうと決めた。
北大路魯山人の「美味い豆腐の話」によると
美味い湯豆腐を食べようとするには、なんといっても豆腐のいいのを選ぶことが一番大切である。いかに薬味、醤油を吟味してかかっても、豆腐が不味ければ問題にならない。
北大路魯山人 - 美味い豆腐の話
と書いてある。 結局いい豆腐を選ばなくてはいけないという現実に直面した瞬間である。とどのつまり、豆腐のいいもの...それって何...と考えを巡らせながら辿り着いたのがこの豆腐である。
370gの迫力である。もうこの時点からいつもの豆腐とは確実に何かが違う雰囲気を醸し出している。豆腐自身も自分は高級なんだと自覚しているようであり、小鍋の中においても、どっしりと落ち着きをはらっている。憎らしいほど堂々として自信に満ち溢れているようなのだ。
この豆腐は、もぎ豆腐店株式会社の「特選 三之助豆腐」という木綿豆腐である。「さんのすけ」ではなく「みのすけ」と読む。一年を通じて絹ごし豆腐を買うことが多いが、やはり湯豆腐では木綿豆腐を買う。そしてこの「特選 三之助豆腐」は明らかにその姿かたちからして他の豆腐を圧倒している貫禄に驚く。
そして豆腐一丁を昆布の出汁で温めて温奴にする。この日もいつものように辛子をぺったりと一面に塗り、花かつおと刻み葱を山のようにかけた。もしかして順番が逆だったかもしれない。刻み葱に花かつおだったかな、と今一つ自分なりの方針が定まらない。
でもかつお節の上に刻み葱でもいいのではないだろうか。横須賀の「銀次」の場合はそのつど鰹節を削り器で削ってのせるため、あらかじめ葱を盛っておいてから、削り節をその上に盛るのかもしれない。一方伊勢の一月屋(いちげつや)は刻み葱が上なので、そこに決まりはないのだろう。ただ刻み葱も花かつおも山のように盛りたくなる。
今回は豆腐に辛子を塗ったので一味唐辛子は振らず、刻み海苔、天かす、すりごまを加え、醤油をかけて食べる。しかし、こんなにもきめ細かく柔らかな木綿豆腐があるのか、と食べた瞬間驚いた。本当にこれが木綿豆腐なのだろうか。今まで食べたことのない豆腐の食感。これは新しい。これが本当に美味しいのだ。魯山人の言うとおりだ。
魯山人が薬味についても、このような感じで述べている。
一、薬味 ねぎのみじん切り、ふきのとう、うど、ひねしょうがのおろしたもの、七味とうがらし、みょうがの花、ゆずの皮、山椒の粉など、こんな薬味がいろいろあるほうが風情があっていい。この中で欠くことのできないのはねぎだ。他のものは、そのときの都合と好みに任せていい。それからよく切れる鉋で、薄く削ったかつおぶし適量。食事する前に削るのが味もよく、香りもよい。
北大路魯山人 - 美味い豆腐の話
想定外の薬味が出てきて驚いた。ふきのとう、うど、ひねしょうがのおろしたもの、みょうがの花、ゆずの皮、山椒の粉か...。ふきのとうは春のイメージだがそろそろ店先にも並び始めそうだ。あとはウドか。今一つ盛り上がりにかけるが、魯山人が書いているのであれば仕方ない。今度探して試してみる。
そして今回は堀河屋野村の三ツ星醤油を使った。ガスを一切使わず薪火で大豆を炊き、天然醸造で作った濃口醤油で、これが豆腐の味をより引き立たせてくれる。
北大路魯山人は醤油についても述べており、
一、しょうゆ 上等品に越したことはない。しょうゆに豆腐をつける前に、先に述べたかつおぶしだの薬味を入れていい。豆腐には、敷いた昆布の味がついているから、おのずから味の調節がつく。なるべく化学調味料は加えないほうがいい。
北大路魯山人 - 美味い豆腐の話
やっぱり醤油も上等品がいいとのことで、もう三ツ星醤油を豆腐専用醤油として大切に使っていこうと決めた。
三之助の湯豆腐に三ツ星醤油をかけて、日本酒をじっくり楽しむ。自分なりの湯豆腐を求めてこの冬はまだまだ楽しめそうな気がしてきた。