ミステリーベスト10の季節
ミステリマガジンの2020年1月号が発売され、いよいよ2019年のミステリ・ベスト・ランキングが各誌発表される季節になった。2019年はミステリとエンタメ小説を主に読み、もうビジネス書、経済書よりは小説をじっくり読もうと思った年だった。
平野啓一郎氏の「本の読み方 スロー・リーディングの実践 」を読んだ事も影響した。速読に疑問を投げかけ、10冊の本を闇雲に読むよりも、1冊を丹念に読んだほうが、人生にとってはるかに有益ではないのか、と平野氏は言う。ミステリの他にも文芸や時代小説もじっくりと読むことができ、新しい読書体験が出来た年だった。
ミステリマガジン
さてハヤカワのミステリマガジン恒例の「ミステリが読みたい!」という特集のミステリ・ベスト・ランキングは、年末恒例の先陣を切って発表されるミステリ海外篇/国内篇のランキングである(ハヤカワでは"ミステリ"という表記)。奥付が9月30日までのミステリ作品が対象と、年間ベストとしてはかなり早めの時期に集計されるため、昨年末の作品もランクインする。
ミステリが読みたい!2020年版
国内篇のベストテンは以下のとおりである。公式サイトでも発表されている。
https://www.hayakawa-online.co.jp/new/2019-11-26-133245.html
- 刀と傘 明治京洛推理帖 伊吹亜門
- ノースライト 横山秀夫
- 魔眼の匣の殺人 今村昌弘
- 罪の轍 奥田英朗
- 紅蓮館の殺人 阿津川辰海
- マーダーズ 長浦京
- いけない 道尾秀介
- むかしむかしあるところに、死体がありました。 青柳碧人
- 昨日がなければ明日もない 宮部みゆき
- 或るエジプト十字架の謎 柄刀一
順当なベストテンだと感じた。この中では1位の「刀と傘」と10位の「或るエジプト十字架の謎」が未読だが、ノースライト、魔眼の匣の殺人、罪の轍は予想通り上位にランクされ、なんだかホッとしている。
アンケートの回答者は36名。1位が20点、2位が19点で、以下10位が11点となる。順不同で選んでいる人が4名。順不同で選ばれた作品はすべて5.5点で集計される。
1位の「刀と傘」を選んだ回答者は19人とやはり一番多い。未読であるため語ることが出来ないが、幕末から明治初頭にかけての京都が舞台というだけで購入を見送ってしまった記憶がある。新刊書籍は1500〜2000円近くするため、どうしても本を選ぶ段階で図書館でいいかな、という作品は出てきてしまう。
それにしても「魔眼」をランキングに入れていない人が23人もいて、「罪の轍」に至っては26人も入れてないという事実に、これは単純に読んでないな、と思ったのだけど、個人のベストテンを眺めていると、その各人における趣味の全開さにやはり驚く。1年間国内ミステリ関連は追いかけて来たと思っていたが、回答者それぞれのベストテンには初めて知る作品も多く、結局人が集まれば個々人の好みは存在する、というあたり前の事で納得するしかない。
しかし大沢在昌の「帰去来」を誰もランクに入れてないのは一体どういう事なのだろうか。「いけない」よりは「帰去来」だと思うのだが、さすがにこれだけは不可解だ。
マーダーズ
個人的な1位は長浦京「マーダーズ」である。登場人物ほぼ全員が凶悪犯罪者という設定と、この10年間で捕まっていない殺人犯は約200人という現実の中で、法では裁き得ない者たちへの断罪が始まっていく。
主要登場人物が皆人殺しであり、その殺人犯が探偵役になるという異質さ。ただその主人公が実に魅力的に描かれているのである。もちろん誰にも感情移入など出来ずに約400ページを読み進める状況が続いていくが、とにかく濃厚で疾走感あるストーリーがたまらない。殺人を犯しながら穏やかに生きている人間が許せない、犯人が法で裁かれないなら自分が断罪してやる、と考える人間の異様な「自分だけの」正義に気持ちが掻き回される。自分にとってはマーダーズこそベストワンだ。